| 鳳仙花をウチナーグチではてぃんさぐという。韓国ではポンソナという。
それぞれの国に歌がある。韓国の歌は日本の植民地下にあった1920年に作られた。(『むくげ愛唱歌集』むくげの会編集・発行より)
軒下に咲く鳳仙花よ、おまえの姿が物悲しい。
長くも長い夏の季節に、美しく咲いたおまえを、
かわいい乙女たちは喜び遊ぶよ。
いつの間にか夏は過ぎ、秋風がそよそよ吹き、
美しい花房を無残にも散らす、
落花し老いてしまったおまえの姿が悲しい
北風の冷たい風に、おまえの姿がなくなっても、
平和を夢見るおまえの魂はここにあり、
うららかな春風の中に再びいのちが還るのを待つよ
美しいメロディーのこの歌は、植民地下にあった朝鮮人の不屈の姿を、鳳仙花の花に託して歌われたのだという。
軒下に咲くかれんな花、鳳仙花は北風と共に散ってしまったけれど、おまえよ、鳳仙花の魂よ、再び還ってくるのだ、と歌う。
私は、考える。
1945年に終わった戦争。あの戦争中、黙して死んだすべてのいのちに春風は吹いたか。夢見た平和はここにあるか、と。
多くの無関心の中で、戦後59年の今も忘れ去られたままの出来事があった。沖縄戦で朝鮮半島から連行された人々の悲痛。
私は長い間、この事を知らなかった。教えてくれる人の言葉に出会わなかったからだ。今、私は知って本当に生きたい。過去の出来事を知るのは、未来に対する責任だと思う。
無残に黙したまま死んだいのちの出来事は恨みになるだろう。生き残った者にもまた恨みは続くだろう。死なせてしまった恨みが残る。
漢字の「恨」、日本語で読めば恨み。韓国語で読めばハン。ウチナーグチではどう読むのか、まだ知らない。
恨みと読めば仇討ち、ハンと読めば解き放つ、との意味を持つという。
「恨」が向かうところは何処か。外へ向かうか、内に抱えるか。憎しみか、許しか。いずれにせよ、あるのは悲しみ、そして怒り。
怒りは願いとなるとき、未来を拓く。何故なら、悲しみより立ち上がった怒りは、時代社会を批判する精神から生まれるとおもうからだ。そして批判精神とは、愛することだと思う。
未来に「恨」を残さないために、私たちは今、何をすべきか。外に向かい、内に抱えつつ、解き放とう、我らがすべての「恨」を。
その時、黙して死んだいのちたちは、光となって私たちを射るだろう。春風となって私たちをゆさぶるだろう。
未来へ、私たちの未来へ伝えたい。人間の深い悲しみと、そこから立ち上がった人間の勇気を。在日一世と呼ばれた私たちを生み育てたアボジ(父)とオモニ(母)の言葉を。
「寄稿 てぃんさぐとポンソナに寄せて」
(2004年10月13日『琉球新報』文化欄掲載 |