沖縄に動員・従軍させられた元朝鮮人軍夫らの
「太平洋戦争・沖縄戦被徴発朝鮮半島出身者恨之碑」建立をすすめる会
〒904-2172  沖縄市泡瀬3-18-6-402
e-mail:info@hannohi.com
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   第2回講座
   恨について在日一世から届いたこと
   講師:ユ・ヨンジャ(在沖朝鮮人2世・大谷派僧侶)
   日時:10月15日(金) 19:00〜
   会場:ぎのわんセミナーハウス
   参加費:一般 \1.000 学生 \500

ユ・ヨンジャ さん
1944年広島県生まれ。12年間朝鮮人による民族学校で学ぶ。1988年「指紋押捺」拒否。2000年大谷大学入学。2年間修学。2003年28年間営んだ焼肉店「大明楽」終業。2004年1月25日読谷村に移住。著書、「無窮花(ムグンファ)〜白き色白き光に」(御茶ノ水書房刊)。「異者たる発見」(東本願寺名古屋別院刊)。他に講演録数冊。
 
主催:てぃんさぐとポンソナの会
連絡先:〒904-2172 沖縄市泡瀬3-18-6-402
TEL&FAX:938-5572
沖縄に動員・従軍させられた元朝鮮人軍夫らの「太平洋戦争・沖縄戦被徴発朝鮮半島出身者恨之碑」を建立する会が発足しまた。
 私たちは、この運動を推進し学び合いの場として、ほうせん花を表わす「てぃんさぐとポンソナの会」を始めることにしました。
 ほうせん花で爪を染める共通のなつかしい習慣に思いをこめて、朝鮮と沖縄の双方の文化、関係史そして現状を学ぶ場として、これから連続講座を開催していきます。
講座の感想
  • 負の歴史をふみこえて、逞しく生きようとする未来志向の話をきかせていただきました。
    お話を通して、「恨」を日本語にすれば「執着」になるのかと思いました。


  • 今日の講座で知ったこと関わったことがこれからの自分にどう影響していくのか。来てよかった。


  • 「恨(ハン)」からの解放をもっと議論したい。
    沖縄人の加害性を常に意識しておかんといけないのでは・・・


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    鳳仙花をウチナーグチではてぃんさぐという。韓国ではポンソナという。
     それぞれの国に歌がある。韓国の歌は日本の植民地下にあった1920年に作られた。(『むくげ愛唱歌集』むくげの会編集・発行より)

     
     
    軒下に咲く鳳仙花よ、おまえの姿が物悲しい。
     長くも長い夏の季節に、美しく咲いたおまえを、
     かわいい乙女たちは喜び遊ぶよ。

     いつの間にか夏は過ぎ、秋風がそよそよ吹き、
     美しい花房を無残にも散らす、
     落花し老いてしまったおまえの姿が悲しい

     北風の冷たい風に、おまえの姿がなくなっても、
     平和を夢見るおまえの魂はここにあり、
     うららかな春風の中に再びいのちが還るのを待つよ

     美しいメロディーのこの歌は、植民地下にあった朝鮮人の不屈の姿を、鳳仙花の花に託して歌われたのだという。
     軒下に咲くかれんな花、鳳仙花は北風と共に散ってしまったけれど、おまえよ、鳳仙花の魂よ、再び還ってくるのだ、と歌う。

     私は、考える。
     1945年に終わった戦争。あの戦争中、黙して死んだすべてのいのちに春風は吹いたか。夢見た平和はここにあるか、と。
     多くの無関心の中で、戦後59年の今も忘れ去られたままの出来事があった。沖縄戦で朝鮮半島から連行された人々の悲痛。

     私は長い間、この事を知らなかった。教えてくれる人の言葉に出会わなかったからだ。今、私は知って本当に生きたい。過去の出来事を知るのは、未来に対する責任だと思う。
     無残に黙したまま死んだいのちの出来事は恨みになるだろう。生き残った者にもまた恨みは続くだろう。死なせてしまった恨みが残る。

     漢字の「恨」、日本語で読めば恨み。韓国語で読めばハン。ウチナーグチではどう読むのか、まだ知らない。
     恨みと読めば仇討ち、ハンと読めば解き放つ、との意味を持つという。
     「恨」が向かうところは何処か。外へ向かうか、内に抱えるか。憎しみか、許しか。いずれにせよ、あるのは悲しみ、そして怒り。

     怒りは願いとなるとき、未来を拓く。何故なら、悲しみより立ち上がった怒りは、時代社会を批判する精神から生まれるとおもうからだ。そして批判精神とは、愛することだと思う。
     未来に「恨」を残さないために、私たちは今、何をすべきか。外に向かい、内に抱えつつ、解き放とう、我らがすべての「恨」を。

     その時、黙して死んだいのちたちは、光となって私たちを射るだろう。春風となって私たちをゆさぶるだろう。
     未来へ、私たちの未来へ伝えたい。人間の深い悲しみと、そこから立ち上がった人間の勇気を。在日一世と呼ばれた私たちを生み育てたアボジ(父)とオモニ(母)の言葉を。

    「寄稿 てぃんさぐとポンソナに寄せて」
    (2004年10月13日『琉球新報』文化欄掲載

     
     


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