沖縄に動員・従軍させられた元朝鮮人軍夫らの
「太平洋戦争・沖縄戦被徴発朝鮮半島出身者恨之碑」建立をすすめる会
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 今年は「戦後60年」。ドイツをはじめヨーロッパでは、「時効なき戦争責任」追及の一環としてアウシュビッツ強制収容所解放60年記念の諸行事がすでに始まっている。アジアでも日本帝国主義のアジア・太平洋侵略戦争が敗北してから60年の節目だから、戦争犯罪を許さない「戦後60年」の取り組みがすすめられるだろう。本紙でも「戦後60年」として「記憶の声・未来への目」および「戦場の児童」、「平和のゆしぐとぅ戦争証言」などを連載し、沖縄戦の掘り起こしや未来構築を問いかけている。

 新年早々、NHKの特集番組「戦争をどう裁くか A問われる戦時性暴力」(2001年1月30日放映)の「番組改編」が大きな波紋を広げている。「戦時性暴力」とは、日本軍「慰安婦」問題のことである。

 韓国のナヌムの家・日本軍「慰安婦」歴史館の入館口に、アジア・太平洋全域にわたる日本軍「慰安所」分布図が展示されていて、沖縄の部分だけ地図が拡大されて「慰安所」の分布図が表示されている。地図上で針の先ほどしかない沖縄の地に、日本軍「慰安所」施設が130余ヶ所もあったことを目の当たりにしたとき、加害責任を痛感し、胸の締め付けられる思いがした。沖縄戦における日本軍の性の奴隷とされた朝鮮半島出身の女性たちの受難の実相はほとんど解明されていない。

 沖縄戦で朝鮮人軍夫が強制連行されてきたことは、防衛庁の戦史でも明らかだが、その実相は闇のなかにうもれたままである。防衛庁の『沖縄方面陸軍作戦』(『陸軍作戦』と略称)は、沖縄本島を経て、慶良間列島の日本軍海上挺進戦隊のもとに約860人が「特設水上勤務部隊(朝鮮人軍夫)」として配備された、と記述している。しかし慶良間列島における「特設水上勤務部隊の実態は、「戦力のない」「海上挺進部隊の泛水(船を水際に浮かべる)作業要員」との記述以外のことは詳(つまび)らかではない。さらに、海上挺進戦隊日本軍将校の戦死者数については、その実数を明記しながら、特設水上勤務部隊(軍夫)については「不詳」二文字の記述だけだ。わたしたち日本人は、『陸軍作戦』のこの「不詳」の二文字の記述をどう考えたらいいのだろうか。

 摩文仁平和公園の一角に、「韓国青年達は日本の強制的徴募により・・・沖縄の地にも徴兵・徴用として動員された1万余名があらゆる艱難をしいられたあげく、あるいは戦史あるいは虐殺され・・・」と書かれた「韓国人慰霊之塔」の碑がある。「平和の礎」の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、大韓民国の石碑には、それぞれ82人、341人(2004年6月現在)が刻銘されている。その東側の石碑は大部分が空白のままになっている。空白部分は、わたしたちに戦争責任・加害責任を問うているのではないだろうか。

 沖縄戦の実相は、沖縄県史をはじめ市町村および戦争体験証言などによって究明されてきた。今後もその努力は続けられていくことだろう。
 「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意」した日本は、いま、安保体制のもと有事法制の制定、憲法・教育基本法の改悪と「戦争ができる」危険な方向へ進むのか、あるいは歴史の真実に真に向き合って、アジア・世界の平和と諸民族との友好と共生のきずなを堅く結ぶ道を歩むのかの試金石に立っている。

 「恨之碑建立をすすめる会沖縄」は、朝鮮、日本の歴史を学び、戦争犯罪を許さない決意のもと「太平洋戦争・沖縄戦被徴発朝鮮半島出身者恨之碑」建立に向けての取り組みをすすめている。

 



(「朝鮮人軍夫・慰安婦から学ぶ戦争責任」(2004年2月24日 沖縄タイムス・文化欄掲載)      

 

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